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   ただよいながら…
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苦しくて仕方がなかった2012年の終わりに、私は来る2013年に向けて決めたことがあった。

「2013年は、たとえぐちゃぐちゃになっても、どれだけの時間とお金を使ってでも、自分の根っこの問題を解きほぐす。

自分で自分を誰よりも慈しみ、誰よりも愛して、大切にする。そして周りを大切にする。」


2013年が終わる。


誓ったとおり、私はこの1年365日。

何度も何度もぐちゃぐちゃになって、泣いて、怒って、呆れて、赦せなくて、途方に暮れながら、時間とお金をかけまくって、自分の心の声を聞き続けた。


自分を愛するということが分からなかった。

意識がすぐに外に向かってしまって、自分が見えなった。

4月にはとうとう体調を崩して、胃腸が麻痺して動かなくなった。

お化けまで出てきた。


その4月の病気を超えてから、何か心の蓋が取れたのか、色々なものがあふれ出てきて解放されていった。

でも、あふれ出てきたものはあまりにも多く、沢山の怒り、悲しみ、恐怖、不安が、出しても出しても、解放しても解放しても、これでもかこれでもかと出てくる。

現在進行形。

だけど現実は少しずつ、確実に好転し、私は日々のイライラや怒り、不安に振り回せれることが減り、小さな喜びが増えていった。

だけど自分の心は根深くて、何度も波はやってきて、その度に思考に巻き込まれ、感情に飲まれてしまう。

12月なんて、もういい加減いいだろうと思っていた母親との関係について、わっさわっさ出てきて、くたくたになった。。
心が暴れまくって、しまいには風邪までひいて本当に参った。

それでも、心がとても静かで安定している時間も長くなり、思考にどっぷり使っている自分、過去や未来に思考を奪われている自分、「いま」を見失っている自分に気がつくことができるようになってきたことは、とても大きな進歩だと思う。

これまで、常に「~でなければならない。」という強迫観念に追われるように生きてきた。

「ご飯をちゃんと作らなければ。」
「掃除をきちんとしなければ。」という日常生活から、
「毎日が充実していないと。」
「綺麗でありつづけないと。」
「尊敬されるようでないと。」
「周りの空気をよく読んで、楽しませないと、笑わないと。」という仕事や友人関係とのやりとりまで。

常に何かをしてないと、常に考えてないと、常に良くあり続けないと。

この強迫観念の呪縛から離れてきている今、自分がとってもだらだらで、ゆるゆるで、それはそれは見事にいい加減な自分であったことに気がつき、そしてとても笑えた。

そんなぐうたらな自分が好きだし、そんな自分になってからというもの、あれだけ気になっていた他人の言動がそんなに気にならなくなり、イライラすることがほとんどなくなってた。


好かれるために、愛されるために、何かをしないといけなくて、素晴らしい人間でないと、嫌われて、愛されないんだと思ってた。

でもそうやって頑張れば頑張るほど、不安や心配や怖れは増えていくだけだった。

そうじゃなくて、何もしなくても、どうであってもよかった。

私は私のままで、そのまんまで愛されている。始めから。


例え周りに愛されなくても、私が私を大切に思うし、愛している。

それで十分なんだった。



2014年。

こうなりたい、ああしたい。そんな大きな目標が実は全然ない。

ただ、何かと大きな変化がありそうなので、もっと自分にくつろいで、目の前にある「いま」を大切に生きていこうと思う。

2013年、お世話になりました。

2014年もよろしくお願いいたします。
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京都に旅行に行ってきた。

当初行く予定にはなかったけれど、

舞妓体験に行く途中で立ち寄った八坂神社で

ふとおみくじを引こうと思ってひいてみた。



タイトルの通り。



凶。


まさかの凶。


宮島でも過去2回引いたけど。


まさか京都でも凶。


凶を呼ぶ女。



動揺しながらも、ここまで凶を引く女も珍しいだろうと笑えた。


そして、おみくじの神様からのメッセージ。




夕べとなれば日の暮れるは常。

また朝(あした)となれば日が昇るも常。


明けぬ夜は無し。

心穏やかに神に祈りて、静かに朝を待つべし。



★願望 : 叶う後慎まなければ破れる事あり
   
 → 慎めば大丈夫ってことよね?慎みます。

★仕事 : 熟慮断行すれば進展あり
   
 → しっかり考えます。

★待人 : やや遅し
   
 → でも来るんじゃん?

★病 : 長引くとも全快する
   
 → 全快するならいいじゃない!

★勝負事 : 逆らうと自滅す
   
 → 流れに身を任せます(テレサテンのように)

★受験 : 大計を練れば成果あり
   
 → 計画的に頑張れば大丈夫ってことよね?

★建築・移転・縁談・旅立 : 迷い起こりて先に進まず
   
 → いくら紙のスペースがなかったとはいえ、なんでこの4つが
   ひとまとめになってるの?無理がない?
   とりあえず、先には進まないが後ろにも進まないようだし。
   最悪ではなさそう。



このおみくじ、本当に凶なの?

全然凶じゃなくない?

むしろ希望にあふれたメッセージだと思うのだが。


「明けぬ夜は無し。」って。


焦らずに。

大丈夫だから。


そう言っているとしか思えないのだが。


そして。

自分の置かれている環境下において、

今が「凶」なんだとしたら。


後はもう上がってくだけじゃない。



という訳で。

凶を引いたにも関わらず。

ご機嫌でおみくじを持って帰ってきた。


今日で9月が終わる。

いい区切り。


















  
     
2012年11月下旬。

この本から始まったんだと今は思う。


「自分の小さな「箱」から脱出する方法」

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衝撃だった。

自分が思っていた全ての認識が崩れた。
でもそれは、新しく・・・いや本来の自分に戻るために崩れるべき箱で、世界だった。

初めて知った。
私が見ている世界と実際の世界が違うということを。

途方に暮れた。
でも、それは確かな光だった。


31歳だけど。厄年だけど。
まだまだ始まったばかり。



 
  
     
先週、昼休みが終わる頃。
職場の後輩が私に。


「octobreさんって、いつも仕事頼むときとか、頼んでたものを持って行ったりすると、「ありがとう。」とか「ごめんね。」とか「助かったよ。」とか、さらっと言えてすごいですよね。」


と、唐突に褒めてくれた。


「え、そうかね?でも正直なところ「条件反射」で言っちゃってることもあるよ?」

「条件反射でも、言えることがすごいと思います。そう言われると少々面倒くさいこととかでも「まぁいっか。」ってやろうって思いますもん。」


基本、全く褒められ慣れていないので、正直どんな反応してよいのかわからず、挙動不信。


でもそういってもらえて嬉しかったし、そうなんだぁって思った。

私の仕事はサポートで、はっきりいって非常に都合の良いように使われ、散々使われてこの給料!?って悲しさ100倍だし、そりゃこれだって大切な仕事ではあるけどよ、なんなのさ!メンドクサイっつーの!と叫びたくなる、非常に苦痛な仕事も多い。

そんな面白くもへったくれもないことを、さらに後輩たちにお願いするのは、心苦しい反面、「根気」という言葉を持ち合わせていない私には非常に助かっている。

なので、「ごめんね。」って思うし、「ありがとう。」って思うし、「助かった。」と思っている。

ただ、私は仕事の量が増えて自分のペースが崩されかけると、余裕無し子モードに入り、周りのことなんて全く気にする余裕がございません!ってなるので、そういう時は彼女にも言ったように、条件反射で相手の顔もろくに見ず「ありがとう~。」と口先だけで言ってしまっていることもある。


でも、それでも彼女はそんな言葉でも評価してくれた。


すごく嬉しかった。

そしてもっと丁寧にお礼や気持ちを伝えようと思った。

気持ちが本当にこもったら、きっともっと伝わるし、いい空気を作り出すだろう。

感情表現は豊かな方だし。(負の感情もだけどね。)

  
     
色々なことがグレー。

仕事も、プライベートも、家族関係も。
何より、自分自身も。

何もかもが、あらゆる全てがグレー。

グレーすぎて、光が射している方向が分からない。
光がそもそもあるのかも。


ただ、今はこのグレーであることを学ぶ時期なんだろうと思う。

今までグレーであることが嫌で、すぐに答えを求めた。
答えがでないものには、自分で勝手に決め付けて突き進んだ。
自分の考えを本当のところは持っていないのに、グレーであることの気持ち悪さに耐えられない。
ただそれだけで、簡単に切り捨てて、ごまかして、自分が本当に求めていた形であったのかを振り返ることもしなかった。

今まで逃げてきたことがまとめてやってきた。

またここで逃げたら、いつかもっと大きくなってもっと苦しくなると思う。
今もとっても苦しいのに、これ以上苦しかったら死んでしまう。(大げさな・・・)

このグレーな状態だからできることはなんだろう。
ただ苦しんで、泣いて、抱え込んでうずくまるだけじゃなくて。
もうそれは疲れた。

苦しんでも、泣いても、抱え込んでも、怒っても、イライラしても、グレーはグレー。
悲しみや怒りをため続けて自爆したところで、何も生み出さない。
砕けてボロボロになって、元に戻らなくなるだけ。

壊したいんじゃない。
壊すこと、終わらせることはいつでもできる。

そうじゃない。前に進みたい。
出来れば今より良い形で。

前に進むために、今グレーでなければならないのなら、このグレーを受け入れて、どうやって光が射すのを待っていよう。

自分の考えを持つこと。
自分のことを自分で諦めないこと。
自分に期待すること。
自分の価値を自分で認めること。
自分の思い込みから自分を解放すること。
自分を赦すこと。
誰より自分自身を愛すること。

なんとも壮大なことを言っているけど、ひとまず手っ取り早く分かりやすく、やってみたかったことを自分磨きという名目でやってみた。

まつ毛パーマ。
ちっさー(笑)

でも、ほんとに何から考えて、何をどうしたら良いのか。
これこそ色々とグレーですぐに目に見えるものでもないし。

今ある現実から少しずつ、焦らず・・・。
きっと色々とシンプルなはずなんだろうなぁ。。。。
  
     
もっと時間がたったとき、振り返ってみれば、「どうしてあんなに苦しんでいたのか。」「もっと見方を変えれば楽になればいいのに。」って、そう思えるのかもしれないし、そう思えれば、と思う。

でも今は、仕事もプライベートも何かもかもに振り回されて、とてもがんじがらめになっている。

どうしてこんなことになったのか、どうしてこんなにも辛いのか、どうして目の前の現実を受け入れられないのか、待てないのか、毎日毎日考えても仕方がないことを思う。

苦しくて、しんどくて、毎日毎日何かに強く祈りながら、時には泣きじゃくりながらチャリこいで、何を悲劇のヒロインになっているのか、と思う。

何を祈っているのか。

祈ったところで現実は変わらない。

苦しいばかりではないし、それでも日々は過ぎていって、ちゃんと食べて、飲んで、ちゃんと寝ている。
笑ったりすることもあるし、楽しいこともある。
どうしてその笑いや楽しさを大事にできないのか。

私はどうしたいんだろう。
どうもできないなら、日々生きていくしかない。

もっと笑って、もっと楽に生きようとしないと、私はつぶれてしまいそう。

  
     
昨日、1年以上ぶりに大学のゼミの先生と、いつも仲良くしているゼミの友達と集まった。

楽しかった。
笑った。
昔のように、大きな声(声の大きさは今もだが)で、感情豊かにはしゃいで、ひたすらしゃべった。

そんな自分が好きじゃなくて、はしゃいだ後に「やりすぎた。」っていつも思うし、今回も思ったんだけど、久しぶりにそんな自分になったことが、何だか嬉しかったりもした。


「カウンセラーになりたい。」
「家庭裁判所調査官になりたい。」
「人の心理を学びたい。」

そんなことを思って心理学を選び、受験し、結果的に地元の大学に進学した。

でもそれは建前でしかなかった。
本当のことを言えば他人の心なんてどうでもよかった。知ったことじゃなかった。
私は自分の生き難さの答えをずっと求めてた。

心理学を学べば自分の心のからまりがほどけるんじゃないかと思ってた。
自分の気分の浮き沈みの激しさや、人とうまく付き合えないことや、母親に対する否定的な感情。
そういった苦しさから救ってくれることを、心理学に期待していた。
自分の心を知りたかった。


結論から言うと、心理学を学んだからと言って何の救いにもならなかった。

他の人より病んでいる人に対する知識や理解があったりするだけで、
他人の心なんてさっぱり分からない。
もちろん自分のことだって分からない。分かるわけがない。今も分からない。
生き難さはそれからもずっと続いた。


それでも、大学で心理学を勉強をすることを選んだこと。
あの大学に入ったこと。
あのゼミに入ったこと。

それは間違ってなかったと思う。
あのゼミに入ったこと。
心理学のこと、日常生活のこと、親子関係のこと、人間関係のこと。
本当に沢山のことをあのゼミで話した。

それが自分の原点であったと強く思う。


生き難さは今も続いている。
でも、前のように「消えてしまいたい。」とは思わなくなった。

今でも自分のことばかり考えてしまって、人とうまくやれなくて悩んでしまう。
でも、少なくとも自分が思う大切な人たちには笑っていて欲しいし、
自分が出来ることをやって、これからも大切にしていきたいと思うようになった。

母親との関係が表面的にはうまくやっていたが、でも息苦しくて、いつも「これをしたら母親から怒られるだろうか」「どう思われるだろうか」が全ての判断基準になっていて、自分が本当は何をどうしたいのかが分からなくなっていた。
でも、決していい方法ではなかったけれど、母から決別することが出来た。
罪悪感は今でもずっとしこりのようにあって、母親と笑って話すことが出来ればと強く願う。
それでも私は自分の人生を自分の足で自分で責任を持って生きていく一歩がようやく踏み出せたんだと思う。


卒業してから8年。
とても長い時間がかかって、今もなお進行形。

でも少しずつ、本当に誰も分からないくらいに少しずつ、何度も闇の中で自分を見失いながらも、光のある方へ進んでいる。

自分の原点であったあの場から、あの時間から始まったと思う。


辛くて仕方がないこの時期に、それを思い出せたことがすごく嬉しい。


  
     
表情がヤバイです。
顔色が悪いです。黒いです。
顔が怖いよ。

ここ最近、職場で気のおけない同僚、後輩から心配されていた。

でもそれを言うとoctobreさんは「大丈夫」って言って逆に気にするから、何て言おうかって思ってたんですけど・・・。

結局、直球で言ってくれた。

「そんなことないよ、大丈夫よ。」

コピー出力するのを待ってるあいだに、
その場でグルグルまわっている自分に気がついた時、
もはやそうは言えなかった。

何故私が貴方の週次ミーティングのためにスケジュールを作成している?
管理職が調整するってここに書いてあるんですけど?
貴方は管理職じゃないんですか?

何故上司(会社は違うがメンバーとして)は休んで9連休?
何故社員は飲みに行っている?
このスケジュールで終わると思ってますか?
ええ、そうですね。
取りまとめの私がやらないと先に進めないんですよね。

そうですね、いつまでもシステムにばかり目を向けていたから。
私達がいけないんですよね。
取りまとめ作業が遅れているのは自業自得ですね。

でもスケジュール調整だの、議事録作成だの、資料確認だの。
これ、本当に私の仕事なんでしょうか?
社員みんな帰って1人残ってまでやらないのいけないのでしょうか。
(やっとかないと肝心の取りまとめ作業にとりかかれない。)

議事録作って確認求めてもすんごいどうでもいい指摘ばっかりだし、
肝心の人は何も言ってきやしないし。むしろ会議の主担が休んでるし。
つーか役員にまで提出するもの私が作りっぱでいいのか?
このまま出すの? あ、出しちゃう? あーそうですか。

スケジュールも調整したはいいけど、これどう調整しても苦しいというか
理想でしかないというか、現実やるとなると絶対無理じゃない?
無理って分かっててそれでも作れというから作ったけど、どうするの?
あ、訂正なし?指摘なし?本気?
まぁ出して報告するのは貴方ですけどね。
でもやるのは、こっち。

もはや怒りとか感じる余裕もなく。
疑問を感じる余裕もなく。

自分がこの先恐らく一生、実際に使うことがないだろうものを
怒られて、追い詰められて、追われて。。。

お金をもらうということはこういうこと。
働くということは、そういうこともあるということ。

分かっていても、しんどい。
これくらいでしんどいと言っている自分も情けない。
私だけがしんどいわけではないことはよく分かっているから。

投げ出すわけにはいかない。
ここで投げ出すにはあまりにも情けない、悔しい。

でも、何かに触れると今にも糸が切れそうで、泣き叫びそう。

そんなここ数日。


様子のおかしい私を心配して、恋人が自分も忙しくて疲れているのに
家を訪れてくれた。

同僚や後輩とたこ焼きパーティをした。
色々と笑わせてくれた。

mixiでの愚痴に色々な人がコメントをくれた。


優しさに涙が出た。泣いてばかり。

本当にありがとう。
一人じゃない。

それがこれほどまで自分を確かにしてくれると、思ってなかった。
ひたすらに感謝です。
  
     
気がつけば、というか気がついてるけどもう4月。

新年度が始まった。

社会人になって丸8年。
今年は9年生。

PTが始まって2年。
あと1年半。早く終わってくれないでしょうか。
というか無事に終わるのでしょうか。

バレエを始めて11年。
去年から殆んどいけていない。
もう少し行きたいが。。

大切な人と出会って半年。
第2目標である半年をクリア。
目標を永遠にクリアしていけたらいいな、と思う。

1人暮らしを始めて1ヶ月ちょっと。
歓送迎会だったり出張だったり、残業続きだったりで
思うように自炊が出来なかったりするが、
家事は思った以上に苦ではなく楽しかったりする。
要領悪いけど。


色々なことが始まって、時が経って、気がつけば今があったりして。
時の流れは時に緩やかでじれったくて仕方がないときもあるけれど、
それでも着実に流れていて、気がつくとあっという間。

ただ、身体も心も無理が出来なくなっている。
3月の後半は、1人暮らしのスタートや歓送迎会続きに残業続きで、
自分が思っている以上に気が張って、疲れていたのだろう。

何となく身体の調子が悪く、喉がまた真っ白。
去年の12月の悪夢が来襲。
3日間、点滴通い。
点滴して会社に行ったり、結婚式に参列したり。

今までは疲れやストレスが蕁麻疹で出ていたけれど、
喉というウィークポイントを発掘されたせいか、喉に出てくるようになった。

心も弱ると唇の周りがぽつぽつヘルペスな予感を漂わせている。

倒れるわけにはいかない。
どうも身体に出てこないとストレスに気がつけないらしい、

新しい年度のスタート。
無理せずやっていきたい。
  
     
ずいぶんとご無沙汰。

お元気ですか、このblogを見てくれている(いた?)方々。


三寒四温を繰り返し、ようやく少しずつ春を感じ出してきたこの頃。

そんな感じな毎日がくるもう少し前の2月25日。



1人暮らしを始めました。



初めてもう少しで1ヶ月。

楽しい。

仕事が遅いし、何より要領が悪くて、手際が悪すぎて
あたふたする毎日だけど。

この先、1人暮らしが基盤にのって
お金だったり、
生活リズムだったり、
仕事とのバランスだったり、

そういったことがどうなるんだろうって不安も大きいのだけど、


自分で決めて、自分で動いて、自分で作って。

そんな当たり前のことが、楽しい。そして嬉しい。

繰り返されていく日常生活の中で、いつまで楽しいって
言っているのか分からないけど。

楽しいって思えるうちは楽しもうと思う。


この1人暮らしは、私の母親への生まれて初めての、
大げさかもしれないけど、とても大きな反抗だった。
裏切りといってもいいのかもしれない。

母親から、「もういないものと考える。」と、シャットアウトされた。

それはやはり悲しかった。
どうしてもっとうまく・・・と、罪悪感も感じる。


それでも、1人暮らしを始めて良かったと思う。

恐らく、こうしなければ私は母から離れて、自分の人生を、
自分の足で、自分に責任を持って、生きていくことは出来なかったと思う。

また一方で、今回の1人暮らしを始めるに当たって、
周りの人が色々な沢山のことを助けてくれて、励ましてくれて、
それはもう本当に涙が出るくらいに心強くて、嬉しくて、
自分で自分の人生を、、、と思っていたけれど、
こんなにも私は守られて、助けられて、生きていたんだと
気づかされて、心の底から感謝して、感謝という言葉以外に
何とこの気持ちを表現していいのか分からない。


母との決別は痛みと同時に、とても大きな気付きと喜びをくれた。


ずっと1人だと思っていたし、
1人であることには変わりないんだけれど、
でも1人じゃない。

すごいことだと思う。


そんなこんなで1人暮らしのスタート。

広さの割にラグが小さすぎるし、モノがないので
無駄な空間が多い・・・。

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