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母の無駄に意地を張る姿、とその根性。

母の卑屈な言動。

母のすねた姿。

母の嫌味。

母の素直じゃない態度。



これって私の姿だった。


私の心も随分拗ねていて、ひねくれていて、卑屈で、いじけていて、勝手に孤立してしまう。


母の怒り、母の寂しさ、母の悲しみ、母の孤独、鬱屈とした思い。


母の言動や態度に辟易しながらも、母の気持ちがこんなにも手に取るように分かるのは、母娘だからではなく私の姿だったからだった。


「ああ、母は苦しいんだな。」


だって私は、自分の思考や感情が拗ねたり卑屈になったりいじけモードに入るととても苦しい。

寂しいのに、悲しいのに、出口を自分でふさいでしまって、でもそれをどうしたらいいのか分からなくて、更に閉じこもってしまう。

ますます孤独感は募るし、自分のことが嫌になるし、うんざりする。


これまでは母の言動に「なんでこの人は・・・。」って毎回毎回うんざりして腹が立って、イライラして、それに振り回されてしんどいだけだった。

それは、自分の姿にうんざりして腹が立って、イライラして、振り回されて、しんどかったんだなーって思った。


拗ねた自分、ひねくれた自分、いじけている自分に気がついて認めた時、母の苦しみを理解した時、母にイライラして腹が立って苦しくなっていた心が小さくなった。(無くなってはいない。)


拗ねた自分、ひねくれた自分、いじけて卑屈な自分が消えたわけではないけれど、そういう自分にどっぷり浸かってしまわないようになれた。

「ああ、いじけてるな。」、「ああ、また閉じこもってるな。」って。

そこの視点にたてただけでも随分ちがう。


にしても。

こんなことに気がつくのにこんなに時間がかかって、こんなに苦しんで、大変だなー私。

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