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   ただよいながら…
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昨日、1年以上ぶりに大学のゼミの先生と、いつも仲良くしているゼミの友達と集まった。

楽しかった。
笑った。
昔のように、大きな声(声の大きさは今もだが)で、感情豊かにはしゃいで、ひたすらしゃべった。

そんな自分が好きじゃなくて、はしゃいだ後に「やりすぎた。」っていつも思うし、今回も思ったんだけど、久しぶりにそんな自分になったことが、何だか嬉しかったりもした。


「カウンセラーになりたい。」
「家庭裁判所調査官になりたい。」
「人の心理を学びたい。」

そんなことを思って心理学を選び、受験し、結果的に地元の大学に進学した。

でもそれは建前でしかなかった。
本当のことを言えば他人の心なんてどうでもよかった。知ったことじゃなかった。
私は自分の生き難さの答えをずっと求めてた。

心理学を学べば自分の心のからまりがほどけるんじゃないかと思ってた。
自分の気分の浮き沈みの激しさや、人とうまく付き合えないことや、母親に対する否定的な感情。
そういった苦しさから救ってくれることを、心理学に期待していた。
自分の心を知りたかった。


結論から言うと、心理学を学んだからと言って何の救いにもならなかった。

他の人より病んでいる人に対する知識や理解があったりするだけで、
他人の心なんてさっぱり分からない。
もちろん自分のことだって分からない。分かるわけがない。今も分からない。
生き難さはそれからもずっと続いた。


それでも、大学で心理学を勉強をすることを選んだこと。
あの大学に入ったこと。
あのゼミに入ったこと。

それは間違ってなかったと思う。
あのゼミに入ったこと。
心理学のこと、日常生活のこと、親子関係のこと、人間関係のこと。
本当に沢山のことをあのゼミで話した。

それが自分の原点であったと強く思う。


生き難さは今も続いている。
でも、前のように「消えてしまいたい。」とは思わなくなった。

今でも自分のことばかり考えてしまって、人とうまくやれなくて悩んでしまう。
でも、少なくとも自分が思う大切な人たちには笑っていて欲しいし、
自分が出来ることをやって、これからも大切にしていきたいと思うようになった。

母親との関係が表面的にはうまくやっていたが、でも息苦しくて、いつも「これをしたら母親から怒られるだろうか」「どう思われるだろうか」が全ての判断基準になっていて、自分が本当は何をどうしたいのかが分からなくなっていた。
でも、決していい方法ではなかったけれど、母から決別することが出来た。
罪悪感は今でもずっとしこりのようにあって、母親と笑って話すことが出来ればと強く願う。
それでも私は自分の人生を自分の足で自分で責任を持って生きていく一歩がようやく踏み出せたんだと思う。


卒業してから8年。
とても長い時間がかかって、今もなお進行形。

でも少しずつ、本当に誰も分からないくらいに少しずつ、何度も闇の中で自分を見失いながらも、光のある方へ進んでいる。

自分の原点であったあの場から、あの時間から始まったと思う。


辛くて仕方がないこの時期に、それを思い出せたことがすごく嬉しい。


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去年新しくプロジェクトに入ってきた人と、えらく意気投合した。

怒りのポイントや勢いとかがやたら似ていた。

私もよくしゃべるが、向こうもものすごくよくしゃべる。
そしてとても知識豊富で経験豊富で、話を聞いててとても楽しかった。

彼女はプロジェクトに来て早速その能力の高さを発揮した。
現場から得てきた知識と経験に、彼女の頭の良さ。

私は彼女の能力にひきつけられたし、彼女も私を別の会社の人間だから、
ではなく同じメンバーとして認めてくれていて、今まで停滞していたことが
一気に進んでいく感じがとても気持ちよく、楽しかった。

自分がずっと感じていた苛立ちや怒りを同じように感じていて、お互いの怒りに同調して盛り上がり、そこに妙な一体感のようなものも感じていた。

ただ彼女はとにかく激しい。表立って激しいというのはいい年齢なので見受けられないが、気分の浮き沈みも激しいし、怒りを含めて全体のエネルギーが激しい。

私のような感覚的な怒りだったり何か釈然としなくて苛立っているとか、
そんなオコサマのような感情とか気分ではない。

彼女の能力の高さに加え、これまで色々な場面で戦って身に付けてきたのであろうその話術や理屈をもって、いつでも何にでも向かっていく。
彼女は相手が絶対に反論できない、確固たる筋道をもっていた。

私はいつしか彼女といて自分の表面的でとりつくろっている自分の皮を見透かされてはがされていくような不安を感じるようになっていた。

私は自分が、考えているようで結局何も考えていない、ということを誰よりも知っている。
どちらかといえば勘がいいおかげで、相手の言っていることを理解することが人よりちょっと早いので、相手の話を受け止めやすい。
それが時として頭の回転が速いとか何とかでいいように評価してくれる人もいるが、でもそれは本当に表面的にとりつくろっているだけでしかない。

そしてだんだんうまく話せなくなっていった。
お昼時間も彼女の放つ空気を敏感すぎるくらい感じ取ってしまって、必要以上に話を盛り上げたり。

仕事は仕事で自分の考えの浅さが元はと言えばいけないのだが、彼女の表立って否定はしないが、「おかしいだろう。」という前提のもとで話す筋道だった話に、あまりにもその通りすぎる話に、次第に萎縮してしまい何を言っても否定されるのでは、と思うようになって何も発言できなくなってきた。

今まで偉そうに威勢よくしていた自分は一体どこにいったのだろうかと自分でも思う。


そんな姿に彼女は最近は分かりやすく苛立ちを表出しにするようになってきた。

それはかつて彼女が、他の非常に仕事が出来ない女の子に対してしていた態度と同じ態度のように思う。
そしてその時、私も彼女の横にいた。直接仕事が絡むことがなかったので、その女の子に対して彼女がしていたようにはしていなかったが、一緒になって文句を言っていたし、その様子がその女の子にも大なり小なり伝わっていたと思う。

自分が嫌われる、というほどではないにしてもあからさまに距離を置かれる(自分も置いてるんだけど)、他の人と明らかに違う態度をとられる、何か発言すると隣の人と何かをこそこそ話をされる。

私の精神状態もよくないので、思い込みだったり被害妄想だったりというのも多分にあるだろうが、自分がそういう立場に置かれる、自分がそうされてしまう人間である、ということは思った以上に辛い。

しかし、それはかつて自分もしたことがあって、いうなればそれが自分に返ってきたんだなと思う。
自分がしたことは必ず自分にはね返ってくる。
だから辛いとか泣いたりとかする権利は本当はないんだけど。

最近は彼女がキツイ、ということだけでなく色々と萎縮してしまったり自分のダメさ加減に落ち込んで、ちょっときついことを言われただけで混乱してしまったり感情の糸が切れそうになる。

自分はダメだって思い続けても良いことはひとつもないので、どこかで切り替えていかないといいことにならないと思う今日この頃。


あー、切り替える前にもう仕事。。。


  
     
GWが終わる・・・。
ゆっくり休めたような気もするけど、
心のどこかはずっとモヤっとしたものがひっかかっているような。

明日は仕事だと思うと、胃がぐるぐる。

でも、休みを振り返ればちゃんと楽しかった。
休みって大事。

GWのとある1日。
江田島の古鷹山に山登り。b0a6b9ac.jpeg

標高は400mもないし、単純に山登って同じ道を下山。

なら、とっても楽。
景色も瀬戸内海の島々や澄み切った空に青い海。

なんて素敵。

しかし、今回CIMG2495.JPG
登ったルートとは反対側を下山して、
そこから山の裾をぐるっとまわって登山口まで戻るルート。
山を降りて登山口まで6Km。

ひたすら歩く。

歩いても歩いてもまだまだ先がある。


屋久島に行った時、もひたすら続くトロッコ道に
悲鳴を上げたけど、今回も悲鳴。

山道を踏ん張って登ることはあまり苦ではないけど、
いつまで続くか分からない道を歩き続けるというのは、
先の見えない人生と同じで、気が狂いそうになる。

次の日はしっかり脚が筋肉痛。

頑張った。

また宮島の弥山に登ってアナゴ飯食べたくなった。
 

 
  
     
表情がヤバイです。
顔色が悪いです。黒いです。
顔が怖いよ。

ここ最近、職場で気のおけない同僚、後輩から心配されていた。

でもそれを言うとoctobreさんは「大丈夫」って言って逆に気にするから、何て言おうかって思ってたんですけど・・・。

結局、直球で言ってくれた。

「そんなことないよ、大丈夫よ。」

コピー出力するのを待ってるあいだに、
その場でグルグルまわっている自分に気がついた時、
もはやそうは言えなかった。

何故私が貴方の週次ミーティングのためにスケジュールを作成している?
管理職が調整するってここに書いてあるんですけど?
貴方は管理職じゃないんですか?

何故上司(会社は違うがメンバーとして)は休んで9連休?
何故社員は飲みに行っている?
このスケジュールで終わると思ってますか?
ええ、そうですね。
取りまとめの私がやらないと先に進めないんですよね。

そうですね、いつまでもシステムにばかり目を向けていたから。
私達がいけないんですよね。
取りまとめ作業が遅れているのは自業自得ですね。

でもスケジュール調整だの、議事録作成だの、資料確認だの。
これ、本当に私の仕事なんでしょうか?
社員みんな帰って1人残ってまでやらないのいけないのでしょうか。
(やっとかないと肝心の取りまとめ作業にとりかかれない。)

議事録作って確認求めてもすんごいどうでもいい指摘ばっかりだし、
肝心の人は何も言ってきやしないし。むしろ会議の主担が休んでるし。
つーか役員にまで提出するもの私が作りっぱでいいのか?
このまま出すの? あ、出しちゃう? あーそうですか。

スケジュールも調整したはいいけど、これどう調整しても苦しいというか
理想でしかないというか、現実やるとなると絶対無理じゃない?
無理って分かっててそれでも作れというから作ったけど、どうするの?
あ、訂正なし?指摘なし?本気?
まぁ出して報告するのは貴方ですけどね。
でもやるのは、こっち。

もはや怒りとか感じる余裕もなく。
疑問を感じる余裕もなく。

自分がこの先恐らく一生、実際に使うことがないだろうものを
怒られて、追い詰められて、追われて。。。

お金をもらうということはこういうこと。
働くということは、そういうこともあるということ。

分かっていても、しんどい。
これくらいでしんどいと言っている自分も情けない。
私だけがしんどいわけではないことはよく分かっているから。

投げ出すわけにはいかない。
ここで投げ出すにはあまりにも情けない、悔しい。

でも、何かに触れると今にも糸が切れそうで、泣き叫びそう。

そんなここ数日。


様子のおかしい私を心配して、恋人が自分も忙しくて疲れているのに
家を訪れてくれた。

同僚や後輩とたこ焼きパーティをした。
色々と笑わせてくれた。

mixiでの愚痴に色々な人がコメントをくれた。


優しさに涙が出た。泣いてばかり。

本当にありがとう。
一人じゃない。

それがこれほどまで自分を確かにしてくれると、思ってなかった。
ひたすらに感謝です。
  
     
長い1週間だった。

怒られてすっかり落ちてしまって、でもなんでここまで落ちてしまうのか、
自分でも原因が分かっているようでつかみきれず、
怒られた内容よりも怒られたという事実のみに焦点がいって
しばらくうまく対応できなくて、必要以上に敏感になってしまって
ますます疲れるという悪循環。

後半は徐々に調子を取り戻しつつも、
異常な食欲と無意味な気落ち。

普段は朝食べてなくても全然何とも思わないのだけど、
いくら朝ごはん食べていってもお腹がすいて仕方がなくなる。

どうにも我慢が出来ないので、食堂でお菓子を買ってひたすら食べ続ける。
ゴマスティックやかりんとうを一度に半袋あける。
半袋の食べ方も、完全に無となり、黙々と口が空になる暇を与えず、
ひたすらにノンストップで食べ続けるので、後で胃が若干気持ち悪くなる。
なのに食べたい。止まらない。

そんなこと普通にする、という人もいるかもしれないが、
すっかり代謝も落ちてしまった近頃の私には明らかに異常。

ストレスのせいなのか。
女の子Dayが近づいているせいなのか。

異常な食欲は定期的にあるので、原因は女の子Dayに違いない。
違いないが、なんて面倒くさいんだ!

今日も何とか早く帰れないかと励んだけれど、結局帰れず。
しかも最後の最後でまた軽く怒られる。
いや、正確に言うと怒られたわけではないけれど。

「5月からは怖いぞ!」

十分怖いんですが。
201204210026000.jpg

耐えて受け止める自信がありません。


気持ちを落ち着けようと久しぶりに「ミルクティケーキ」
出来たら0時半だった。
眠いはずだわ。

明日はやっと休み。
嬉しいな♪
 
  
     
最近、よく怒られる。

個人的に怒られるとかではなく、あくまで仕事の担当者としてだが。。
怒られるという表現は適切ではないのかもしれない。

ひとつ違う視点からみたら当然気がつくべきことを、
目の前のことに捉われて気がつかなかったりして、手戻りが
発生したり話が進まなかったりしているので、当然といえば当然。

なのだが。
考慮不足は事実なので、何の言い訳もできないのだが。


しかし、私は正直あなたの考えの深さや広さについていけません。
どうしてそこまで考えが及ぶのか。
いや、だから仕事が出来るんだけど。

でももう最近は貴方の思考の深さに尊敬を通り越して、逃げたくなります。

貴方と仕事の話をするたびに、自分は本当は何も分かってないことを痛感し、
話すことがどんどん出来なくなっています。

ミーティングで何も意見を言わない人を「何なんだろうか。」と思っていましたが、
「何も意見がない。」ばかりではなく、「意見を言う自信が無い。怖い。」んだと、
意見を言えない人の気持ちが分かるようになりました。

黙っているに限る。

それって卑怯だなーって思う。仕事の責任を果たしていない。
そのうち見限られるのかなーって思う。

でも正直、貴方ほどの頭の回転のよさも思考の深さも持ち合わせていないのです。


「考えようとしていないから分からんのんよ。」
「考えないならもういい。」


自分としては、貴方の言ってることがハイレベルすぎて、言われたことを
理解しようとすることでいっぱいになって頭がついていかないのです。

いっぱいいっぱいなだけで、考えてる、考えようとしているつもりなのですが・・・。
でも確かに結局のところ考えてないのかしれないです。

考えが浅すぎる。

私に限らず、おそらくメンバーのほとんどがそうなんだと思います。
未だに目の前しかみていない私達にイラだちが抑えられないんだと思います。

でも、私も辛い。。。
怒られるたびに、立ち上がる力を失っている。

怒られたり言ってもらっているうちは幸せなことと思うのですが・・・。
だけどそんな風に思うのももう無理がきている気がします。

ああ、逃げ出したい。投げ出したい。

  
     
気がつけば、というか気がついてるけどもう4月。

新年度が始まった。

社会人になって丸8年。
今年は9年生。

PTが始まって2年。
あと1年半。早く終わってくれないでしょうか。
というか無事に終わるのでしょうか。

バレエを始めて11年。
去年から殆んどいけていない。
もう少し行きたいが。。

大切な人と出会って半年。
第2目標である半年をクリア。
目標を永遠にクリアしていけたらいいな、と思う。

1人暮らしを始めて1ヶ月ちょっと。
歓送迎会だったり出張だったり、残業続きだったりで
思うように自炊が出来なかったりするが、
家事は思った以上に苦ではなく楽しかったりする。
要領悪いけど。


色々なことが始まって、時が経って、気がつけば今があったりして。
時の流れは時に緩やかでじれったくて仕方がないときもあるけれど、
それでも着実に流れていて、気がつくとあっという間。

ただ、身体も心も無理が出来なくなっている。
3月の後半は、1人暮らしのスタートや歓送迎会続きに残業続きで、
自分が思っている以上に気が張って、疲れていたのだろう。

何となく身体の調子が悪く、喉がまた真っ白。
去年の12月の悪夢が来襲。
3日間、点滴通い。
点滴して会社に行ったり、結婚式に参列したり。

今までは疲れやストレスが蕁麻疹で出ていたけれど、
喉というウィークポイントを発掘されたせいか、喉に出てくるようになった。

心も弱ると唇の周りがぽつぽつヘルペスな予感を漂わせている。

倒れるわけにはいかない。
どうも身体に出てこないとストレスに気がつけないらしい、

新しい年度のスタート。
無理せずやっていきたい。
  
     
ずいぶんとご無沙汰。

お元気ですか、このblogを見てくれている(いた?)方々。


三寒四温を繰り返し、ようやく少しずつ春を感じ出してきたこの頃。

そんな感じな毎日がくるもう少し前の2月25日。



1人暮らしを始めました。



初めてもう少しで1ヶ月。

楽しい。

仕事が遅いし、何より要領が悪くて、手際が悪すぎて
あたふたする毎日だけど。

この先、1人暮らしが基盤にのって
お金だったり、
生活リズムだったり、
仕事とのバランスだったり、

そういったことがどうなるんだろうって不安も大きいのだけど、


自分で決めて、自分で動いて、自分で作って。

そんな当たり前のことが、楽しい。そして嬉しい。

繰り返されていく日常生活の中で、いつまで楽しいって
言っているのか分からないけど。

楽しいって思えるうちは楽しもうと思う。


この1人暮らしは、私の母親への生まれて初めての、
大げさかもしれないけど、とても大きな反抗だった。
裏切りといってもいいのかもしれない。

母親から、「もういないものと考える。」と、シャットアウトされた。

それはやはり悲しかった。
どうしてもっとうまく・・・と、罪悪感も感じる。


それでも、1人暮らしを始めて良かったと思う。

恐らく、こうしなければ私は母から離れて、自分の人生を、
自分の足で、自分に責任を持って、生きていくことは出来なかったと思う。

また一方で、今回の1人暮らしを始めるに当たって、
周りの人が色々な沢山のことを助けてくれて、励ましてくれて、
それはもう本当に涙が出るくらいに心強くて、嬉しくて、
自分で自分の人生を、、、と思っていたけれど、
こんなにも私は守られて、助けられて、生きていたんだと
気づかされて、心の底から感謝して、感謝という言葉以外に
何とこの気持ちを表現していいのか分からない。


母との決別は痛みと同時に、とても大きな気付きと喜びをくれた。


ずっと1人だと思っていたし、
1人であることには変わりないんだけれど、
でも1人じゃない。

すごいことだと思う。


そんなこんなで1人暮らしのスタート。

広さの割にラグが小さすぎるし、モノがないので
無駄な空間が多い・・・。

CIMG2386.JPG









  
     
「木洩れ日に泳ぐ魚」  恩田 陸

16772903.jpg舞台は、アパートの一室。別々の道を歩むことが決まった男女が最後の夜を徹し語り合う。初夏の風、木々の匂い、大きな柱時計、そしてあの男の後ろ姿 - 共有した過去の風景に少しずつ違和感が混じり始める。濃密な心理戦の果て、朝の光とともに訪れる真実とは。不思議な胸騒ぎと解放感が満ちる傑作長編。(「Book」データベースより引用。)


久しぶりに読書。

これまで読んだ恩田陸の作品とはちょっと違う印象を受けたけど、読み始めると結局1日で読んでしまった。

舞台劇のような展開。

2人が引越し前日の何も無い部屋でスーツケースをテーブルにお酒を飲みながら、「あの時」のことについてお互いの腹を探りつつやがて核心に近づいていく。

それがどれだけ衝撃的な出来事であり事実であっても、それを体験、もしくは聞いてしまうとひどくあっけなく、だけど傷だけはしっかり残す。

その様が淡々と、でもとても現実的に描かれていて、この人はすごいなぁといつも思う。


以前、何とも生き難くしんどい時に、毎日毎日朝がくることは希望でもあり、残酷でもあるなぁと強く思っていたことがあった。

この作品の男も、「この上なく深く絶望し、同時にこの上なく深く安堵」していた。

何だか救われるような気持ちになった。

 
  
     
だから何が言いたいというわけでもなく。
特に何かがあってひどく落ち込んでいる訳でもなく。


先月の今頃は入院して、病院のベッドで寝ていた。
病室はとても静かで、窓から青い空を眺めてボーっとしながら思っていたこと。

今回、入院した時にタイミングよく連絡があったり連絡した友達には入院をしたことを告げたが、そうじゃない友達にはたいした病気でもないし、心配かけてもいけないので連絡をしなかった。

だから当然友達は私が入院したことを知らないか、後日知ることになる。


私は、これまで十数回もの結婚式に出ただけあって、友達や知り合いはどちらかと言えば多い方だと思う。
ただ、その交友関係は私を中心に放射線状につながっているけれど、友達同士が円のように横にはあまりつながっていない。
それぞれの友達は私の話を通じてそれぞれを知っているが、それぞれは友達ではない。


ああ、もし私が今死んで、その時に携帯のメモリとかも全部消えていたら、誰も私が死んだことを知らないんだなー。

ああ、何だかとても切ないなぁと思った。
寂しいなぁ、悲しいなぁ・・・って思った。

やがて私が死んだことを知った友達はきっと涙を流し、悲しんで寂しがってくれるのだろう。
しかしそれもやがて時がたち、私の存在は風のように過ぎ去っていくだろう。
寂しさや悲しさ、また思い出は消えることはないけれど、それでも私はもうどこにもいない。

これまでの私の周りにあった死もそうであったのだから、当然の理だ。

やっぱり切ない。


だからと言って「切ない、切ない」と嘆いて生きている訳にもいかない。
私はまだ生きている。

大事な人達がいる。

彼らといつお別れすることになっても、「ああ、あの時もっとこうしておけば。」と思わないように、最後に会った時の相手の顔が笑顔であるように。

どれだけ泣いても悲しんでも時が経った時に相手の笑顔を思い出せるように、相手に私の笑顔を思い出してもらえるように。


どうやって生きていこうか。
地に足をつけて、私はここにいるんだとちゃんと意識できるように、しっかり生きていきていきたい。


入院してからぼんやりながら考えていたこと。


  
     
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