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どうにもこうにも化粧のりが悪い。
朝はちゃんとそれなりに綺麗に仕上がっても、夕方になると、
「私、ちゃんと朝ファンデ塗ったよね?」
って思うくらい、くすんでて肌もまるでスッピンか?位に汚い。
「日焼けした?」
って聞かれるくらい、くすんで暗い。
自分が写った写真を見るたびに自分の顔の出来ヘコむけど、最近は鏡を見るだけでヘコむ。
でも特に肌が荒れてるわけでもないしトラブルもなく、もう歳だからか?しかし、1コ下の後輩の肌はまだまだ瑞々しいし1歳違うだけでこうも違うのか?
そんな先日、ファンデがなくなったので買いに行ったついでに肌チェックを数年ぶりにしてもらった。
水分も油分もほっとんどなかった。限りなくゼロ。
カロリーじゃないんだし。
角質層も剥離していて、ターンオーバーが早すぎて肌の再生が追いついていないそうで。
化粧品をついても浸透できず、表面泳いでるだけ。
ああ、確かに。どうりで夜クリーム塗ってもムダにテカってた訳ね。浸透してなかったという訳ね。
砂漠だ、砂漠。
枯れた女。
で、あまりのひどさにショックを受けて、進められた化粧品を買ってしまった。
多分、効果は、ある。ある気がする。
ないと困る。
人間の身体は細胞分裂で出来ているんだなーと実感。
▼買っちゃった化粧品
カネボウ
Impress BRIGHTENER
(インプレス ブライトナー)
柔軟美容液
▼本来買いに行ったファンデーション
リサージ ホワイトリクイドファンデーション
オークルDで一番濃い色だった・・・。
どーせ地黒ですよ。
今日で1年の半分が終わる。
恐ろしい・・・。
絶望の2年間と、空白の1年間が過ぎていって、それから今年の1月から3月までは、自分としてはいつ落ちてしまってもおかしくないような精神状態で、ほとんどの人は気がつかなかった、もしくは気がついても触れてこなかったけれど、本当に崖っぷちのような感覚だった。
だけど4月から仕事が変わり、何となく周りの環境が変わって行って、ちょっとずつ、本当に誰も、自分すらも動いているとは気がつかないようなとてもゆっくりとした速度だけれど、前に進みだしたような気がする。
相変わらず思考回路はひねくれているし、人付き合いも昔に比べて随分と悪くなった。(現実的に遊べる友達が減ったというのもあるし、会いたい、遊びたい人間が限定されてきた。)
外に出るより家にいるほうが楽だし、ご飯やお菓子も前よりも食べれなくなって、お腹がいっぱいの感覚がわかるようになってきた。
昔は食べても食べても足りなかったのに、随分と代謝が悪くなった。(ケーキのホール食いをやっておけばよかった。)
相変わらず被害妄想も激しければ、不安感も未だここにある。
でも。何かが違う気がする。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
今は良くても、またいつかどうにもこうにもならない時はきっと必ず来る。
基本的に後ろ向きなので、それには絶対的な確信がある。
でも。
今の状態はいままでになく穏やかで。(浮き沈みはしょっちゅうあるけれど)
今のままでもうしばらく頑張って行きたいな。と思う。
残り1/2。
友達と、家族と、お金(生活)と、平和であることが何より大切。
その友達には赤ちゃんがいて、この赤ちゃんが絶妙なタイミングで笑顔になるのでとても愛らしい。
今日遊びに行ったら、もう随分大きくなってきているので抱っこよりも色々と遊ぶことに興味深々。抱っこしてもすぐ降りたがる。
お昼すぎて赤ちゃんはお昼寝をしていたのだけど、ちょっとぐずりだしたのであやそうと抱っこをしてみた。
「違う!このおっぱいじゃない!!」
と、即拒否。
私のおっぱいをさわって、「違う!」という判断まで1秒もない。驚きの速さ。
ゴメン、出なくて・・・。
ゴメン、小さくて。(サイズの問題ではないとは思うが。)
当たり前だが、母にはかなわない。
でもさー、半年前に私の唇を散々奪ったくせにさー。
ひどいわぁ。
一昨日、コンタクト(2週間使い捨て)をそろそろ替えなきゃなーと思って、箱を取り出したら、
前回替えたのが、3月27日だった・・・。
びっくりした。
2週間コンタクトなのに、2ヵ月半コンタクトに・・・。
5月の始めに、朝起きたら右目がお岩さんになっていたってブログ書いたような・・・(コレ→◆)
そりゃ、なるって。
花粉も黄砂もすごかったんだし・・・。
ていうか、気がつこうよ自分。
急に忙しくなったからってさー、忘れる?
しょっちゅう、「目が乾く~!」とかぼやいてたじゃん。
普通、何でなのか気がつくでしょー。
今までだって、交換忘れてもせいぜい3週間、最悪1ヶ月だったのに。(威張れることでもない)
どうしたのさ?
本当に一体・・・。。いい加減にもほどがあるのでは・・・。
そんな訳で今回でちょうど全部なくなったので、3ヶ月分をもらいに今日眼科に行ったら、
「前回いらしたのが11月26日ですけど、あれから何かお変わりありませんかー?」
自力でめぼを治しました。
と言える訳もなく。
ていうか、半年以上も行ってなかったんだ。。
「ちなみに、今お付けになっているコンタクトは何日目ですか?」
「2日ですー。」
決してうそは言っていない。
その前は10週間と6日使ってたけど。
特に異常はなく、相変わらずアレルギー性結膜炎の症状が軽くでているから目薬出しておくねーと、いつもの目薬を処方された。
これも実は前回(11月26日来院)のものがまだ残ってるんですー。
と言える訳もなく・・・。
いや、これでも反省してるし、自分のいい加減さに凹んでて、あえて恥をさらしているわけで・・・。
半年くらい前だったか。
久しぶりに再会した友達とご飯を食べてて、ふとしたことで人間関係の話になった。
彼女はあまりにも沢山の人とつながっていて、つながり続けようと毎日忙しくしている姿をみて彼氏に言われた言葉。
「色んな人とつながっていったり、つながって行こうということはとても大切なことだけど、そこにばかり一生懸命になっていると、本当に大切な人、大切にしなければいけない人を大切にできないよ。」
何と言うこともなく聞き流していたけれど、最近よくこの言葉を思い出す。
その通りだな、と思う。
私は小学校中学校で人間関係に色々と失敗をしてきたのと、他人からはしっかりしているように見えるけれど実のところ自分自身の存在や感覚があいまいなので、そのせいか友達関係にはひどく敏感で必死だった。
だからかどうかは分からないが、結果的には比較的多くの友達に恵まれた。
だけど、全ての関係を保とうとすればするほど消耗する自分がいた。
関係を保とうとすることや続けていくことに必死で、自分の気持ちは置き去りで、彼女達が私に抱いているだろうイメージを想像して、その通りに過ごすように努めていた。
ただここ数年の気分の浮き沈み、そしてこの冬の崖っぷちから何とか生き残って、色々と気持ちを整理していくなかでだんだん無理を感じてきた。
そして、最近ある友達からどう考えても腑に落ちない、私という存在をないがしろにされているとしか思えないような言動をとられて以来、冒頭のセリフがずっと頭にある。
全ての人と楽しく仲良く笑って過ごすのには無理がある。
私は、私が大切にしたい人、私を大切に思ってくれている人、今自分の周りにいる人、いてくれる人達を大切にしよう。
私には彼らがいればいい。
もちろん今ある関係以外を拒否する、今ある関係を断ち切るという訳ではなくて。
新しく生まれる関係ももちろんこれからもあるし、それはそれでとても大切なこと。
ていうか、それがないと私一生独りだし。
でも、今までのように色々な人と頑張って出会ってたり笑顔で接して、相手の本音も見えない、こっちの本音も出せないような関係をよく分からないまま一生懸命続けたり、頑張ったりすることは多分出来ない。
大切なことや大切な人を見失わないように、ちゃんと見つけられるようになりたい。
最近、本が読めない。
小説、漫画を問わず読めない。
一旦読み出せばすぐに読めるし読むことは楽しいんだけど、読むという行為そのものに結構なかなりの気合がいる。
以前は漫画や本を買ったら何を置いてでも読みふけっていたのに、どうしたんだろう。
そんな中で、久しぶりに読んでみようと珍しく自分で手にとったのがこの漫画。
全4巻。
モテナイ男に急に「モテ期」がやってきて、読んでいて笑っちゃうくらい可哀想な失態・失敗を何度も繰り返しながら、それでも一生懸命考えて行動して、ちょっとずつ何かをつかんでいく・・・
つかんだよね?藤本。(主役)
あんたはエライよ。
私のモテ期はあったかなー?
あー・・・あれをモテ期と言うのならば、多少はあったような・・・。
ロクでもなかったけどね!
人間嫌いになったけどね!
それはさておき、相変わらずダメダメ部分が多いし被害妄想が脳みその9割を占めているけど、それでも少しずつ少しずつ人と深く関わっていこうと変わっていく藤本を応援したくなる、そんな漫画。
是非ご一読。
先日、出張で鹿児島へ行って来た。
いい天気で桜島がよく見えた。
去年、屋久島に行くために鹿児島に行ったけど、まさかまたこんな早いうちに鹿児島に行くことになるとは。。。
2回目の鹿児島で初めて鹿児島の人と色々お話をしたのだけれど(仕事だけど)、鹿児島の人達はとてもいい人達だった。
一度決めたことは最後までやり通す。
一度決めたことに文句をつけない。
国を変えた人達は違うのか。
って、よく分からないが、いい人達だった。
しかし、出張でしかも泊りがけというのは疲れる。
もう嫌だなーって思ったらまた今週か来週あたりにあるらしい・・・。
出費ばかりが増えていく・・・。(交通費とホテル代しかでないから。)
で、忙しさと自分の怠惰な性格ゆえに放ったらかしだった髪が収集がつかなくなってきたので、私としては3ヶ月という早いペースなのだが、今日は美容院に行って来た。
始めはカットとカラー(リタッチ)とトリートメントだったのだけど、話しているうちにパーマをかけたくなってパーマをかけてみた。
夕方に行って終わったら22時だった。
なかなか染まらず、なかなかパーマがかからず、5時間半。。
どんだけやっかいな髪。
で、仕上がったら・・・、
産業革命以後、新聞社や出版会社でタイプライターを打って仕事をしているヨーロッパの女性のような髪形になった。(古い映画みたいな。)
もしくは大正デモクラシーによって女性運動に熱心な働く女性とか。
早く伸びないかな。
友達からの完全な受け売り。友達、引用します。ゴメン。
「世の中には周りを研く人と研かれる人がいて、周りを研く人は一見困ったチャンなんだけど、それによって周りの人が忍耐力を養ったり自分の生き方を振り返ってみたりするきっかけを作ってくれる人のことだよ。」
私にとって責任者は私を研いてくれる人だったんだと、友達に教えてもらって気がついた。
で、今ものすごく反省中。
結局、責任者とはあまり良い形でない悲しい終わりを迎えた。
結果論で言うと(今さら体裁つくろっても仕方がないのではっきり言っちゃうが)、良かったと思う。
お互いにとって。
このまま行けばもっと大変なことになっていたと思うし、グループも崩壊寸前だったし、私自身もかなり限界に近かった。
だけど多分、もっとやり方があったはずで、私はそれをしなかった。
分かっていたくせに、分かってなくて文句だけ言って何もしなかった。
今さら過ぎるけど、もうどうしようもないけれど、こんな形はもう嫌だし、良くないし、同じ事を繰り返してはいけない。繰り返したくない。
それを、責任者は教えてくれたんだと思う。
ただの都合のいい言い訳かもしれない。
でも、こういったことがなければ私は分からなかった。
TV会議があった。
なんで、沈黙なん?
何、この沈黙。
1時間半弱くらいの会議で、恐らくその半分近くは沈黙。
会議って沈黙するものなん?
何のための会議なん?
何、このムダな時間。
何、この遅々として進まない話。
相手側が振ってきても、こちら応答なし。
責任者、全くしゃべらず。
オイ・・・。
進行役って言われてたよね?
あまりの沈黙の長さに耐え切れず、本来話す権限がない外注の私が話す。
向こうが応答し、さらに質問をしてくる。
回答できる部分もあったが、一方で詰まるが部分あった。
責任者の部下である担当者も詰まりながらも話しているが、話は進まない。
責任者、全くしゃべらす。
ちなみに相手側は責任者がしゃべってる。
こいつ・・・。
何度かうちのグループのフォローをしてくれてる人が、「(責任者)さん、どうですか?」 と、促すがしゃべらない。
何か、話さんかい!!
その後発言したの2回だけ。
それも、「そうですね。」って感じのレベル。
アホか。
結局フォローしてくれてる人が、何とかまとめて長い沈黙会議が終了。
あんたさー、毎日毎日何やってんの?
何で責任者なの?
何のためにここにいるの?
あんたの役目は何なの?
とりまとめて方向性を示していくことでしょ?
やるべきこと、できてないことを把握して調整していくことでしょ?
あんたこれまでに何した?
その後の上席への報告ミーティングでも、会議の内容話して(ほとんど話すことなかったし)・・。
それで終わりかいっ!
学級会じゃないんじゃーーーー!!!!!
上席からの質問や追求にまた沈黙・・・。
しゃべるのは部下と、外注の私。そしてフォロー担当の人。
ひと言もしゃべらない。 ひと言も。
分かったのか分かっていないのかも分からない。
もうさ、いらない。こんな責任者。
あの上司ムカつくー!とかいう、よくある上司の不満や愚痴や怒りを通り越して、呆れるというかもうどうでもいいし、私の中であの人の存在意義を見出せない。
もう明日でGWが終わる。
早すぎ。
5月2日(日)のお話。
毎年恒例の家族でワラビ取り。(弟は不参加。)
毎年取りに行く方面は山あいで寒いのと、この4月までの異様な寒さ。
いつもこの時期だったら遅いくらいなのに今年は・・・、
生えていないか、霜にやられているか。
いつもの半分も収穫できず。
それでも地元の人に聞いて新しい場所を開拓。
しかしそれは私の愛車ラクティスさんが傷だらけという代償を残した・・・。
車の傷に遠い目になりながら、お弁当。
「のどかで平和だなぁ。。」 と、しみじみと幸せをかみ締める一方、祖母と父の年齢を思う。
祖母は81歳、父は70歳。(母とひと回り離れているので父はご高齢)
これから先、万が一にも私や弟が結婚できて子どもができても、こうやって父や祖母とワラビ取りをしたりすることは出来ないんだろうなぁ。
もちろん出来ないことではないけど。でも仮に出来たとしても、子どもたち (彼らからしたら孫たち) がそれを覚えていられるような年齢になるころには、きっと祖母も父も生きていないだろう。
(父はそれでも生命力の塊のような人なので、可能性はまだ高いが)
覚えていられるような年齢にするには今すぐにでも産まなければならない。
120%無理。
想像もできないし。
おむすびをほおばりながら澄み渡るような青い空のもとで、どうしようもない救いようのないことを考えて、1人で遠い目。
ああもう本当にそういう時期なんだなぁと思う。
まあ、去年だけでも知り合い含めたら10人近く産んでるし。
そりゃ、考えたたくもなるよね、何もかも出遅れてる訳だし、追いつけそうにもないし。
と、1人で勝手に卑屈になりながら、おむすびが美味しいなと。
私が作った卵焼きも中々よい出来。
で、山道を1日中運転していたので気が張っていて疲れたのか、次の日起きたら11時15分。
友達との待ち合わせ、11時30分。
人生初くらいの大遅刻。大失敗。
友達1人失うところだった。
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S | M | T | W | T | F | S |
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